人生人生

我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心

働き方改革

日本政府は人口や労働力人口が継続して減少している中で、長時間労働・残業などの悪しき慣習が日本経済の足を引っ張って、生産性低下の原因になっていると考え、最近では働き方改革に積極的な動きを見せています。

 

私の会社でもノー残業デイを増やしたり、22時になると放送がかかったり、早期退勤を促す工夫が増えてきました。しかし、肝心業務業務のスリム化にはなかなか至っておりません。

 

なぜ業務改善は進まないのか

私が思う私の会社での理由ですが、下記3点が挙げられます。

  1. 依頼された時点で期限が迫っているから
  2. 個人単位で業務量が偏ってしまうから
  3. 業務量が少ない人は業務改善を望まないから

 

期限は自分では整理できない

まず1の『依頼された時点で期限が迫っているから』です。これは依頼する側がギリギリになってから他部門に依頼を出す場合です。

巷の本には自分の業務量を把握して、いつでも断ることが大事!だとか、それに付随してうまく断る方法等が紹介されたりしていますが、比較的、業務体系が洗練されたところ(仕事の重複がない)では、依頼を出された方は絶対に断ることはできません。他の部門では代わりが効かないことを業務としてやっているからです。

うちの会社では大抵、担当者に直接依頼が来ます。つまり業務状況を上司に相談する余地が全くないのです。

これではスケジュールを確保することはできず一日の業務量を増やして対応する以外なくなるのです。

 

能力と業務量はバランスする

次に2の『個人単位で業務量が偏ってしまうから』です。

これはある意味は宿命なのかもしれません。なぜなら誰しも優秀な人(業務のクオリティが高く、こなすのが速いといった場合だけではなく、その人のみ持つ技術が必要な場合を含めて)に仕事を頼みたいからです。ここでは苛烈な仕事の押し付けは除くこととします。

こういった場合、少しは頼られている分やりがい等も感じやすいのでは思ってしまいがちですが‥とんでもないです。

なぜなら頼る方は『お前がやって当たり前』だと思っているからです

依頼側はありがとうなどと言いません。一部ありがとうと感謝してくる人間もいますが、業務改善の上では最も危惧すべき相手です。なぜなら大抵ありがとうなどと言ってご機嫌をとってくる輩は、さらなる仕事の依頼を目論んでいます。どのように場合においてもヘイトと業務量は溜まります。

と、このように能力は高ければ高いほど利用されるわけで普通はそれを避ける方法などないのです。

 

もし、『そんなの誰かに振ればオッケー!』と思っている方、振る相手がいることにまず感謝してください。

そしてそのまま周りがその方法を行うあなたに納得する場合は、気をつけてください。

あなたはすでに諦められている可能性があります。当然例外はあるのでしょうが、大抵の職場では業務量を隠しサボることはできません。年次に応じた実力もつきにくくなるでしょう。次で最後です。

 

低き者はより低いところに流れる

最後は『業務量が少ない人は業務改善を望まないから』です。

仮に、なんやかんや年次に応じた実力を身に付けることができず(サボっていた場合だけではなく)ついには、常に助け舟が必要な人間になったとします。大きな企業だったら首を切られることもありません。わかんないよ‥と言っておけば上の人や周りがなってくれます。後輩にも当然のように振ればわからないことすら隠せるかもしれません。業務量は減りに減ります。定時で帰れます。さて、この人は業務改革する必要ありますか?

 

ないでしょう。仮に業務を平準化したら仕事を多く持つ人がから仕事が流れてきます。

一方、効率化した場合、人が減らされ、自分が新しい職場に飛ばされたりして別の誰かの支配を受ける可能性があります。この場合、業務量は増えるでしょう。また後輩な同僚が他の職場にいくことになれば、やはり自分の業務量が増えるでしょう。

 

 

 

 

 

と、以上のように本当に残念なことにこれら3つを解消すること以外に業務改革の流れは進むことはないでしょう。そしてそれは絶望的であることはわかりきっておりどんなに改革が進もうとも以前と見違えるように変わったとなどいうことはなく、少しずつしか進まずやがて旗振り役は歳をとり若い時代を無為に過ごしたことに気づきます。

どんな世代でも少し時間を無駄にしたくないと思った時できることは、若い世代に提案に呼応することです。後はひたすら自分を磨くこと。特に業務量が簡単に思えるほど、各業務に熟達する以外道はないような気がしています。真の自分の改革こそ、抜本的な業務改革になり得る唯一の手段なのかもしれません。